斉木が言った。
「あ、阿岐本さん。その節はお世話になりました」
「空き家の件ですね」
 阿岐本が応じる。「片づきましたか?」
「おかげさまで。河合さんに話をしたら、あの土地が先祖のものだったとはご存じなかったようで……」
「近所に住んでなさるのに……?」
「戦争ですよ」
「戦争……」
「河合さんの曽祖父から土地を相続したおじいさんが戦争で亡くなったんです。南方で戦死されたということです。そして、戦後のドサクサです。登記簿とかも紛失してしまったようで……」
「戦後は日本中でそういうことがあったようですね」
「河合さんのお父さんの代になると、そんなことも忘れられてしまい、今に至っているのだと……」
「たしか、河合さんはアパート経営をなさっているんでしたね」
「それでですね、空き家のことを相談したら、登記をし直してそこにもアパートを建てると……。解体費用を負担してくれることになりました。もちろん都や区からの補助金も利用して……」
「丸く収まったわけですね」
「ええ。それというのも、このお寺に過去帳が残っていたからです。いやあ、寺というのが地域にとっていかに大切かわかりました」
 すると、田代住職が言った。
「今まで、そんなこともわからなかったのか」
「いや、再確認したということです」
「ふん。役人はうまいこと言うよな」
 阿岐本が斉木に言った。