「それがどうした、と。こちとら、私利私欲で坊主をやってるわけじゃないんです。世のため人のため、ご先祖のためを思って日々供養をさせていただいている」
阿岐本、日村、そして斉木は、ぽかんと田代住職の顔を見つめていた。
「先祖供養ってのはね、今の自分がこの世に存在していることを感謝するってことなんです。時空を超えてご先祖に感謝するってことです。時代を超え、地域を超え、国を超え、あまねく感謝の気持ちを広げる。悉有仏性(しつうぶっしょう)です。あらゆる時とあらゆる場所に御仏の心がある。寺の鐘はね、それを高らかに宣言するために鳴らすんです。だから……」
そこで田代住職は言葉を切り、一呼吸ついた。
「だから、私は鐘を撞(つ)くことをやめません。誰が何と言おうと供養の鐘を鳴らしつづけます」
阿岐本が尋ねた。
「じゃあ、今年の除夜の鐘は……」
「もちろん、撞かせていただきます」
「いやあ、そのお覚悟、感服いたしました」
阿岐本が言った。「しかし……」
彼は斉木を見た。「騒音だと苦情を言っている住民は治まらないでしょうね」
斉木が言った。
「私が何とかしましょう」
日村はその一言に驚いた。阿岐本も驚いた様子だった。
「え……。あなたが……?」
「お寺がいかに地域にとって大切かはよくわかりましたし、今の住職のお言葉に、私も感銘を受けました」
「具体的にはどういうふうに対処なさるんでしょう」
「住民と対話します。それが基本ですね。場合によっては住職に、今のようなお話をしていただくのもいいと思います」
「ふん。寺に来れば、ちゃんと講話をするものを……」
「鐘への苦情は、放置すれば昔からの住人と新たに住みはじめた人たちとの対立にも発展しかねません。それを調整するのは、区役所がやるべきことだと思います」
「気づくのが遅いって言ってるんだよ」
そう言い放つ田代住職に、阿岐本が言った。
「まあまあ……。斉木さんが問題を解決してくださるとおっしゃっているんだから……」
田代住職は、ふんと鼻で息をしてから言った。
「そういうわけで、除夜の鐘の件は結論が出ました」
阿岐本が言う。
「では、私の出る幕はもうありませんね」
何だかんだで、鐘の件も一件落着だと、日村は思った。
田代住職が阿岐本に言った。
「すべて親分さんのおかげです。排除運動とかいろいろありましたが、気になさらずにまたいつでもいらしてください」
阿岐本が無言で深々と礼をしたので、日村もあわてて頭を下げた。