「区役所は、お寺の鐘を騒音だと問題視されているようですね」
「ああ……。住民からの苦情がありましてね……」
「住職は、今年の除夜の鐘をどうしようか迷っておいでだということですが……」
ついに核心に斬り込んだな……。日村は思った。ここから面倒な交渉が始まるのだろう……。
すると、田代住職が言った。
「それについてお話ししようと、お電話したのです」
阿岐本がそれに応じる。
「ほう……。うかがいましょう」
「今、斉木さんが、寺の価値を再確認したなんて言いましたがね……。実際はひどいもんですよ」
「はあ……」
「檀家は年々少なくなり、台所事情は火の車です。そして、家の近くに墓があるのが気味が悪いと文句を言われる。墓は昔からあったんです。後から引っ越してきた人がそういう文句を言う。墓は気味悪いものなんかじゃない。ご先祖と交わる和やかな場所なんです」
「お察しします」
田代住職の言葉はさらに続く。
「墓といえば、最近じゃ持ち主が知らない間に消えちまう。ご先祖をほっぽり出してどこかに行っちまうんです。管理費やお布施が入ってこなくなっても、坊主はそんな無縁墓の世話をしなけりゃならないんです」
「お気持ちはわかりますが……」
長年の不満が溜まって、ついにぶち切れたのだろうか。日村は、阿岐本が田代住職をどうなだめるのか、はらはらしながら見守っていた。
「終いには、鐘がうるさいときた。もう寺はさんざんな目にあってるんですよ」
「おっしゃるとおりです」
「けどね、それが何だって言うんです」
「いや、お気持ちはよく……。え……? 今何と……?」
阿岐本が聞き返した。
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