平安時代に死刑は無かった

きちんと司法や警察組織ができあがった江戸時代以降であれば、裁判を行って刑が決まりました。

それで有罪となれば、死刑になる者、島流しになる者、江戸を追放される者、牢屋に入れられる者などに分類された。

一方で有名な話ですが、平安時代には死刑はなかった。だから、重い刑だと遠い国に流すわけです。

確かに、菅原道真の時代くらいまでなら、まだ組織がキチンとしていたので、犯人を護送することができたのかもしれません。

でも、その後は国司(県知事)が任国に行かなくなっちゃうくらいですから、いちいち悪い奴を配流地に送り届けたりしたかな? そんな手間のかかること、やらなくなっちゃったんじゃないかな…。