源氏の恋情

しかし、源氏が元服することによって、この架空の家族関係は終わります。成人した源氏はもはや御簾(みす)をへだててしか、藤壺と対面できず、じかに声を聞くこともできません。

藤壺は源氏より5歳年長の女性でした。近衛府(このえふ)の中将となった17歳の源氏は、心の内に、深く藤壺への思いを宿す青年となっていました。

『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』(著:松井健児/中央公論新社)

源氏が18歳の夏、藤壺は宮中から、自邸である三条宮(さんじょうのみや)に下がっていました。そこへ源氏は、無理に忍び入ったのです。

しかし源氏は、ようやく逢うことができた藤壺を見ても、現実のこととは思えないほど、思いつめていました。

気高く品格に満ちた女性でありながら、可憐でやさしく、完全な女性――欠点のないことが、かえって恨めしいとさえ思うのでした。

源氏は「こうしてお逢いしても、再びお逢いできるかわからない、夢のような逢瀬(おうせ)ですから、いっそこのまま、この夢のなかに消えてしまいたい思いです」と、恋情を訴えます。

それに対する藤壺の応(こた)えが「つらいこの身をさめない夢のなかのものとしましても」でした。