亡くなった母が認知症になってまもなく、しきりに口にするようになったのは、歴代の天皇である。
「神武 、綏靖、安寧、懿徳、孝昭、孝安……」
私が車を運転して母をどこかに連れて行く道中、病院の待合室で順番を待っているとき、食事中、ソファにごろりと仰向けになった状態で、ふと思い出すらしい。
「小学校のとき、全部言えたのよ」
そう自慢する母は、たしかにスラスラと流れるようにそらんじてみせる。が、途中、二十代目あたりでつっかえる。
「あれ?」
母はちょっと首を傾げると、また最初から、「神武、綏靖、安寧、懿徳、孝昭、孝安、孝霊、孝元、開化 、崇神、垂仁、景行……」と、スラスラ言って、また同じところでつっかえる。そのことが悔しいらしい。
「昔は全部、言えたのよ。だって覚えさせられたんだもの」
誇らし気にそう言って、何度も何度も同じところでつっかえて、そのうちフッと別のことに関心が移るのだった。