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阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。小学校の同窓生から「校歌、覚えてる?」と聞かれた阿川さん。聴いてみてもまるで知らない曲のごとく覚えてなかったそうで――。
※本記事は『婦人公論』2024年9月号に掲載されたものです

小学校の同窓生数人と再会した。六十年以上昔の記憶が少しずつ蘇ってくる。

「ほら、正門の前にあった文房具屋さん、なんて名前だっけ?」

「かきかた鉛筆買ったよね」

「音楽の先生は小松先生!」

「大好きだった。いい先生だったなあ」

そんな会話を繰り返すうち、一人が、

「校歌、覚えてる?」

問いかけた途端、二人が歌い出した。私はなんの反応もできない。まるで知らない曲のごとしである。

「ぜんぜん覚えてないや」

「えー、覚えてないの?」

言い訳をさせていただければ、私はその小学校には三年生までしか在籍しなかった。四年生から別の区立小学校に転校したのである。

ならば転校した先の小学校の校歌を覚えているかと問われたら、こちらもまったく思い出せない。覚えているのはその学校に通っていた昭和三十九年に東京オリンピックが開催され、全校生徒が校庭で踊らされた五輪音頭のメロディである。

校歌がどんな歌詞でどんな曲だったのか。今よりはるかに記憶能力に長けていた年頃のはずなのに。