多彩な表情の日本
東京の某幹線道路沿いに、風光明媚なナポリ湾の景色が描かれた壁画のある店があり、私はてっきりナポリ風窯焼きのピッツェリアかなんかだろうとばかり思い込んでいた。ところがある日たまたまその店の前を徒歩で通り掛かって、店の看板に薩摩焼酎と書いてあるのに気がついた。その壁に描かれた景色はナポリ湾とヴェスヴィオ山ではなく、鹿児島湾と桜島だったのだ。
その後、人生で初めて鹿児島を訪れる機会のあった私は、城山公園の展望台から煙をたなびかせた桜島と鹿児島湾を見て、そのナポリを彷彿とさせる景観に思わず歓喜の声を漏らした。実際鹿児島市は戦後あたりから“東洋のナポリ”と呼ばれ、ナポリ市と姉妹都市盟約を結んでいるそうで、街の中には「ナポリ通り」という道まである。いったいどこの誰が一番最初にこの地球上のかけ離れた場所に位置する、2つの都市の驚くべき類似性に気がついたのか気になるところだが、ナポリをよく知る人なら、きっと誰でも私のような感銘を覚えるはずだ。世界には火山が海に面している、地形的条件では似たような場所はいくつかあるが、正直、鹿児島とナポリレベルのそっくりさは他に思い当たらない。写真のナポリ湾をご覧いただければ、なんとなく雰囲気は察していただけるのではないだろうか。
実はもう1ヵ所、日本には私が知る外国の土地とそっくりな場所がある。夫の実家はヨーロッパアルプスの東端部分にあたる“ドロミーティ山塊”と称される、標高の高い険しい山々の麓にあるが、普段暮らしているパドヴァからこの実家ヘ向かう途中の景色が、山梨県の甲府から長野県の松本を経由して北上するときに左手に見える、日本アルプスを遠くに望む景色とそっくりなのだ。長野市への移動中に写真を撮って舅に送ると「日本だって? これはここの景色じゃないのか!?」と驚いていた。
確かにイタリア半島と日本は南北に細長い地形であることと、火山を含むたくさんの山があることから、いろんな場所がそっくりになるのも単なる偶然ではない。ただ、そういった類似性は果たして目に見える形状的な情報だけで感じることなのかというと、そういうことでもないようだ。
ヨーロッパ北部や北米大陸などの人々は、北海道の広い平野にトウモロコシ畑、牧畜用の牛やサイロ、そしてポプラといった景色を目の当たりにすると、自分たちの土地を思い出すという。もともと北海道がそういった国々の農耕技術を導入して発達した地域であることを踏まえれば、不思議でもなんでもないことだ。しかし、以前北海道を訪れたイタリアの外交官が空港から出た瞬間、「ここの空気は、私の故郷であるシチリアに似ています」と懐かしそうな顔でつぶやいた時は意表を突かれた。北海道と、イタリアの南端にあるシチリア島は、私にとっては景観も歴史も何ひとつとして共通点がなかったからだ。すると外交官は「空気です。空気のにおいが同じなんです」と、腑に落ちない私の表情を察して付け加え、「広くて真っ青だけど、どこか寂しげなこの空も似てます。懐かしいシチリアにそっくりだ」と結んだ。
ここ最近だと、東京湾アクアラインからの景色が、ポルトガルのリスボンに対岸から架かる12・3㎞のヴァスコ・ダ・ガマ橋からの景色と似ていることに気がついた。日本は世界の地域を感じさせてくれる、実に不思議な国なのだった。