戦後最大の冤罪事件「袴田事件」。見込み捜査と捏造証拠により袴田巌さんは死刑判決を受け、60年近く雪冤の闘いが繰り広げられてきました。88歳の元死刑囚と袴田さんを支え続けた91歳の姉、「耐えがたいほど正義に反する」現実に立ち向かってきた人々の悲願がようやく実現――。ジャーナリスト粟野仁雄氏、渾身のルポルタージュ『袴田巖と世界一の姉:冤罪・袴田事件をめぐる人びとの願い』から一部を抜粋して紹介します。
初めて泣いたひで子さんが帰宅後、巖さんに掛けた一言
少し「嫌な予感」も脳裏をよぎらせていた雨が、この瞬間を祝福するかのように直前に晴れ上がった。
2023年3月13日午後2時過ぎ、弁護団若手の西澤美和子、戸舘圭之両弁護士が東京高裁の庁舎から正門へと走ってきた。押し寄せた報道カメラに向けて〈再審開始〉〈検察の抗告棄却〉の垂れ幕を誇らしげに掲げた。
東京高裁の大善文男裁判長は「元被告人を犯人と認定することはできない」として検察の抗告を棄却した。これにより、2014年3月の静岡地裁(村山浩昭裁判長)による再審開始決定が9年かかってようやく認められたのだ。
まもなく茶封筒を持った巖さんの姉のひで子さんと弁護団の小川秀世事務局長、笹森学弁護士らが歓声の中、満面笑みで登場。
ひで子さんは「ありがとうございます。遂に来ました。57年間待っておりました。皆様のおかげです。本当に嬉しゅうございます」などと涙顔で話した。
気丈なひで子さんの涙を、この日初めて見た。9年前は泣かなかったそうだ。40年以上戦ってきた小川事務局長も、「よかった。嬉しい。これで絶対に終わらせます」と涙が止まらない。
この日、巖さんは浜松市の自宅に「見守り隊」(猪野待子隊長)の人たちと残っていた。日課のドライブで立ち寄った神社で報道陣に囲まれ、「勝つ日だと思うね」と答えたという。