戦後最悪の放火殺人事件
刑事裁判の取材を続けて15年になる。初めて裁判所に出向いたのは、社会科見学のような気持ちからだ。ところがいつしかそれが仕事となり、今に至っている。刑事裁判の取材を続ける理由は、法廷が“事件を起こした本人が語る”場であるからに他ならない。
ここ数年は裁判所だけでなく、さまざまな現場に出向き、事件関係者らに取材を行うほか、被告人に拘置所で面会取材を行うことも増えてきた。いずれも、新聞などで事前に得ていた情報とはまったく異なる話が飛び出すことがままあり、多角的に取材を行うことの重要性を日々感じている。
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2019年の事件を振り返ってみたときに強く感じるのは、被害者が多数となる事件が幾度も起こったことだ。その筆頭が5月28日、神奈川県川崎市多摩区で発生した「川崎20人殺傷事件」であろう。
早朝、小田急線登戸駅近くの路上で、バスを待っていた小学生らに男が近づき、持っていた刃物で次々に刺した。小学生らは同駅から1.5キロほど離れた場所にあるカリタス小学校の生徒で、学校との間を往復するスクールバスを並んで待っているところだった。
事件により小学6年の栗林華子さん(11歳=当時)と外務省職員の小山智史さん(39歳=同)が死亡。17人が重軽傷を負った。男も自らの首を包丁で刺して死亡。のちに男の身元は、川崎市麻生区に住む岩崎隆一(51歳=同)だと判明する。
岩崎は自宅で高齢の伯父夫婦と同居していたが、長期にわたるひきこもりで、スマホも所有しておらず、自宅にはネット回線もなかった。
従姉がカリタス小学校の卒業生であることや「8050問題」(中高年のひきこもりを高齢の親が支える問題)など“動機の断片”ともとれる報道もあり、最終的に神奈川県警捜査本部は9月、岩崎を被疑者死亡のまま書類送検。動機が解明されぬまま捜査は終結している。
ちなみに事件発生から4日後の6月1日、東京都練馬区に住むひきこもりの長男(44歳=当時)を刺殺した元農林水産事務次官の父親の脳裏には、この川崎の事件があったという。
「うるせえな、ぶっ殺すぞ」
近隣の小学校で行われている運動会の声援に腹を立て、長男が自宅で騒ぎ出したのだ。
包丁により、わが子を手にかけた父親は、長男による暴力に悩まされており、体には複数の痣があった。「刺さなければ、自分が殺されていたと思う」と供述している。
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そして7月には、戦後最悪の放火殺人事件が発生した。『涼宮ハルヒの憂鬱』などの作品で知られるアニメ制作会社「京都アニメーション」(京アニ)。京都市伏見区にある第1スタジオで火災が起こったとニュース速報が入ったのは、夏休みを目前に控えた7月18日午前のことだ。
当時41歳の青葉真司容疑者が、放火の目的でスタジオに侵入。持参したガソリンを床に撒き着火させたことでスタジオは全焼し、社員36人が死亡。33人が重軽傷を負う。青葉も火傷により一時は危篤となっていたが徐々に回復。
11月に任意の聴取に応じ、動機をこう語っている。「自分の小説を盗まれたから火をつけた」「一番多くの人が働いている第1スタジオを狙った」――。
その後、京都市内の病院へ転院することになった青葉は、「人からこんなに優しくしてもらったことは、今までなかった」と、病院の医療スタッフらに感謝の言葉を伝えたという。回復を待って逮捕される見通しだ。青葉の犯した罪はとてつもなく重いが、事件を起こすに至った背景を知るため、今後法廷で発されるその言葉の意味を、深く考えていかねばならないとも思う。