梅の古木との出会いで紅天女が動きだした
『ガラスの仮面』には、「紅天女」という作中劇が登場します。これは梅の木の精霊のお話であり、その主役をめぐってマヤと彼女のライバルである姫川亜弓(ひめかわあゆみ)が競い合うという、物語の軸となる作品です。これまで何度かお能でも披露されていますが、「紅天女」は私にとって大切な作品であると同時に、不思議なご縁を招いてくれるものでもありました。
そもそも『ガラスの仮面』の連載が長くなったのには、私が紅天女を描くのに行き詰まってしまったことも関係しています。自分の中で「紅天女とは何だろう?」という疑問が膨らみ、前に進めなくなってしまったのです。なにより肝心の紅天女のビジュアルが浮かばず、何度デッサンしても絵が決まらない。紅天女の章に入ってから、執筆の勢いは完全に停滞していました。
そんな時に起きたのが阪神・淡路大震災です。及ばずながら私も、復興のための協力をと、神戸の灘で270年近く続く老舗の造り酒屋で、「紅天女」のお酒を出すことにしました。決め手は、そこに「梅の樹」という幻の銘酒があったことです。
江戸時代から水戸藩にお酒を納めていた蔵元だったのですが、明治に入って間もなく、まだ廃藩置県の前、当時の水戸藩主(通称副将軍)が酒屋を訪れ、お酒を召し上がった。庭に梅の樹があり、それをめでて、「以後、この酒を梅の樹と名付けよ」と。
以来、「副将軍命名酒・梅の樹」というお酒があったといいます。その後、戦争やさまざまなことがあり、梅の古木もなくなり、いつのまにか幻の銘酒に。紅天女も梅の樹の精なので、「じゃあ、紅天女のお酒を造りましょう」という話になりました。
そして正式に蔵元のご夫婦とお会いした時のことです。奥様が一枚の古びたセピア色の写真を取り出しました。昨夜、突然本箱からアルバムが落ちてきて、開いたページにこの写真があったとのこと。副将軍命名酒・梅の樹のもとになった梅の古木の写真です。
驚きました。冠を被り、ふくらみのある袖、左手に梅の枝、しなやかに佇んでいる女性の姿にしか見えません。古木というより、観音様のようなお姿です。思わず「これって紅天女じゃないですか!?」と叫んだ私に、「どうしてもお見せしたかったんです」と奥様。
やっと紅天女が姿を現した、と感じました。おかげで悩んでいた紅天女の姿が決まり、物語も少しずつ進みだしました。