迅速測図
欧米先進諸国を手本に近代国家として歩み始めた日本が、西南戦争後に始めたのが地形図の整備で、田原坂(たばるざか)など土地勘のない場所での戦闘に苦労した経験から、陸軍卿の山県有朋がとにかく整備を急げと「迅速測図」を作らせた。
言うまでもなく地形・地勢の把握は国防の基本であるが、そのような成立の背景もあって軍関連の記号は種類が多かった。
黒い星印を二重丸で囲んだ「師団司令部」から一重丸囲みの「旅団司令部」、黒星だけの「連隊区司令部」、白い星だけの「要塞司令部及警備隊区司令部」と軍の司令部関連の記号は4種類あり、他には旗にへの字の「陸軍兵営」、同じく二重への字の「海軍兵営」、軍刀と拳銃を交差させた「憲兵隊」が定められていた。
それとは別にM字の「陸軍所轄」、Mが二重になった「海軍所轄」という副記号が設けられており、他の記号と組み合わせて用いている。
たとえば病院の記号にMが副えられていれば「陸軍病院」、学校の記号であれば陸軍通信学校など各種の学校、倉庫の記号(現存しない)に二重Mなら「海軍倉庫」といった具合である。
なお、これまでに挙げた用語は「大正6年図式」のもので、時代による軍組織名の変遷に応じて図式にも多少の変化があった。