本人に悪意や害意がなくても虐待は起きる。5つの分類には簡単に当てはまらない虐待もあり、どこから虐待と呼ぶのか判断が難しいケースも多いと桐野さんは言う。

「医者に禁止されているのに、糖尿病の母親が望むまま甘いものを際限なく与えてしまう息子さんがいました。この方はすぐ病院側と喧嘩になり、診察拒否されるので母親が本来受けるべき医療を受けられない。また、寝たきりのご家族がいるのに、暑い日にエアコンを消して鍵を閉めて出かけてしまう方もいました。悪気がなくとも、こういった事案も一種の虐待と捉えられます」

たとえば寝たきりの要介護者が夜間にトイレに行きたがらないように家族が水分を与えるのを控えたとする。もし本人が脱水症状を起こしていたら、これも命にかかわる危険な虐待に相当するのだ。

ケアマネジャーなどの介護職や行政は深刻度に合わせて、「要見守り・支援」「要介入」「緊急事態」に分けて対応を行う。だが見落とされたり、介入を拒む家庭もある。平成29年度は養護者の虐待等によって28名の方が命を落としている。

 

一人で在宅介護をする道を選んで

9年8ヵ月にわたる母親の介護の中で、虐待をした時期もあったと告白するのは、カメラマンでフリーライターの野田明宏さんだ。

野田さんが46歳のとき、母親の和子さんがアルツハイマー型認知症と認定された。きょうだいはおらず、父親は亡くなっている。施設入居を嫌がる和子さんの気持ちを尊重し、独身の野田さんは一人で在宅介護をする道を選んだ。

「最初はまだ要介護3で、働きながら面倒を見ることができた。しかし徐々に症状が重くなり、介護に専念せざるをえなくなりました。やがて僕のことを息子と認識できなくなり、トイレにも一人で行けなくなった。そこで僕が連れて行くと、今度はしゃがまず立ってするようになる。しかも下着を脱ぎたがらず、脱がせると怒り出す。夜中に隣家まで聞こえそうな大声で母親を怒鳴りながら、悲しさで胸が張り裂けそうでした」

ある日、布団の上に座っていた和子さんが突然下痢をして、水便をまき散らした。「片づけるから、そのままでおれよ」という息子の制止を聞かず、和子さんは動き回った。