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2019年12月24日に厚生労働省が発表したデータに激震が走った。18年度に家族らによる高齢者虐待の相談・通報件数は3万2231件。そのうち、虐待と判断されたのは1万7249件にのぼった(過去最多)。虐待の要因として、1番に挙げられたのは、「介護疲れ・介護ストレス」だ。そこで、雑誌『婦人公論』上で、19年9月に「介護虐待」を取り上げたルポを再掲する。
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在宅での介護は、密室で行われることが多い。疲労や孤立感からくるストレスにより、気づかぬうちに要介護者を虐待しているケースがあるという。なぜ虐待に至ってしまうのか。防ぐ手立てはあるのか。自宅で現在実父の介護をしているライターが、虐待当事者や現場に詳しい専門家に取材した(取材・文=古川美穂)

自覚なく虐待していることも

同居する要介護1の父親を虐待しかけたことがある。当時、父は頻繁な不安発作に襲われていた。精神安定剤も効かず、夜は2時間おきに「救急車を呼んでくれ」と起こされる。記憶障害もあるので、なだめてもまた同じ訴えを繰り返す。

寝不足が重なったある深夜、私は「もういい加減にして」と声を荒らげ、思わず握りしめた拳を目の前にかざしていた。それを見た父はハッとした表情になり、とっさに同じように拳を作ると、なんと自分で自分の頬を殴ったのだ。

本人なりに、家族に迷惑をかける自分を罰したつもりだろうか。だが私が殴ったも同然だ。介護4年目にして虐待に一歩足を踏み入れてしまったと思い、深く落ち込んだ。

介護虐待は年々増えている。厚生労働省の調査によると、高齢者への虐待件数(平成29年度)は、養介護施設従事者等によるものが510件で前年度より12.8%増、養護者によるものが1万7078件で4.2%増となっている。数字を見ると、虐待するのは圧倒的に家族などの養護者が多い。虐待の内容は、「身体的虐待」「心理的虐待」「性的虐待」「経済的虐待」「介護・世話の放棄・放任」の5つに大きく分類されている。

養護者による虐待では「身体的虐待」が66.7%、「心理的虐待」が39.1%、「介護等放棄」が20.3%を占める。また、虐待の発生要因でもっとも多いのは「虐待者の介護疲れ・介護ストレス」で、24.2%となっている。

虐待は一部の人だけがする特殊な行為だと思われがちだ。だが要介護者を叱りつけたり、相手の要求を無視することも、場合によっては虐待となりうる。

「虐待は要介護になる前の家族関係が何らかの形で反映することが多いと思います。たとえば親が厳しすぎる躾をしていて、年老いて立場が逆転したとき子どもが同じように躾と言いながら親を虐待する。『ものわかりが悪い』と親から物差しで殴られて育った子どもは、認知症の親を物差しで叩くことにためらいを感じにくいものです」と言うのは、都内の介護事業所で働くベテランケアマネジャーの桐野曜子さん(仮名)だ。

家族関係のほかにも虐待にはさまざまな要因が絡む。たとえば桐野さんがかつて担当した家庭で、父親が転倒するたびに医療費がかかるのを嫌い、歩き回れないように身体拘束をしていた娘がいた。

「拘束具はその辺では売っていないので、インターネットで探してきたようです。転倒が怖いのはわかりますが、これは禁じられている身体拘束になりますと何度も注意しました。しかし、『また転んで骨折したら父がかわいそうでしょう。しかも入院費を出すのは私よ。それともあなたが出してくれるの?』と、聞き入れてもらえませんでした。娘さんは若いころ家を出て、一所懸命に働きコツコツお金を貯めてきた。自分の老後資金を父親のためにすべて使うことはできないから、と言うのです」