刀伊の事件に直接関わった2人の女性

さて、刀伊の事件に直接関わった女性として、多治比阿古見と内蔵石女という2人の女性の名が残されている。阿古見は対馬の人、石女は筑前国(福岡県)の人とされる。

『女たちの平安後期―紫式部から源平までの200年』(著:榎村寛之/中公新書)

この2人は刀伊に拉致され、高麗軍に攻められたときに海に投げ込まれたが、高麗船に助けられ、送り返されてきた人たちで、申文、つまり報告書を提出しており、それが『小右記』に転写されているのである。

この2人の証言は、刀伊の沿岸集落の攻略や高麗のこの事件への対応などを知るうえできわめて貴重なものであるとともに、当時の庶民の名を知ることができる大変興味深いものであるが、なにより驚くのは、彼女らの優れた記憶力である。

いきなり拉致されて、さらに戦に巻き込まれ、その後高麗に助けられてからの処遇まで、とんでもない経験を、きわめて詳細に報告している。

もちろん書いたのは大宰府の役人だろうが、それにしても海に落とされても浮いていて高麗船に救われたなど、まさにリアルな報告だと思う。