コミュニケーションの文化

コミュニケーションの文化とは、具体的にどのようなものだろうか。

たとえば、親しくない人から、スポーツ観戦や美術館に誘われたとき、全く興味がなく行きたくないと思った。興味がないとはっきり言うか。はっきり言うのは失礼か。

「とても残念だけど、時間の都合がつかなくて行けない」とやんわり断れば、相手に不快な思いをさせずに興味がないと伝えられると思う人もいる。一方で、それを聞いて話し手の意図を誤解し、本当に残念に思っていると解釈する人もいるだろう。

別の機会を設けても何度か断られ、「あ、実は行きたくないんだ」とやっとわかる。そんな人は、自分なら率直に興味がないと言うのにと違和感を覚え、はっきり言わない相手を、心を開かないよくわからない人と感じるかもしれない。

個人のコミュニケーションのやり方の背後には、それぞれの人の考え方や信念、規範、価値基準などがある。この目に見えない、漠然として抽象的な、コミュニケーションの価値判断の基準を、本記事では「コミュニケーションの文化」とよぼう。

『使うための英語―ELF(世界の共通語)として学ぶ』(著:瀧野みゆき/中央公論新社)

この文化は、各個人の母語や出身国や地域、信仰、教育、社会的背景、家庭環境、仕事の経験などを通し、それまで出会ってきた人々との関わりの中で培われる。断り方が人によって異なるのは、断る方法を学んできた環境が違うからだ。

ELFのコミュニケーションでは大きく違う環境で生まれ育った人と話すことが多いだけ、顕著な文化の違いが英語の中に潜んでいることが多い。異なるコミュニケーション文化をもつ相手なのに、同じ解釈をしているはずと思いこんで英語で話すと、誤解を生み、ときに不信感につながりかねない。

英語でコミュニケーションをする際に、文化の違いを考える重要性は、繰り返し指摘されてきた。従来の、英語を学ぶ目標を「ネイティブ英語」とする考えでは、英語のコミュニケーションはイギリスやアメリカの文化にあわせるべきだとされた。

しかし、この考え方はそもそも複雑な文化を単純化しすぎていると批判されている。「個人の文化は出身国によって決まる」という考えは疑問視され、「英語を使うなら英米文化を真似るべきだ」という常識はELFの現実と合わない。