外科医は腰痛に悩まない?

オペ室に行ってからも、千里は腰痛に苦しめられた。基本的に器械出しは立ち仕事である。脳外科と形成外科は座って手術をするが、それ以外の科では立ちっぱなしである。3時間、4時間は当たり前である。

千里は、外科医もそれは同じことだとずっと思っていた。だがあるとき、外科医と話していたら、自分たちは平気だと言う。

「だって、オレたち、腹で手術台に寄りかかっているもん」

がーん。そうなのか。器械出しには寄りかかるものがない。それどころか、不自然な姿勢でちょっと身を捻る必要がある。器械出しは通常、患者の右側に立つ。術者は左右に立っている(腹で寄りかかっている)。だから、器械を出そうとすると、右の方向へ上半身を乗り出さなければならない。この姿勢もつらかった。

オペ室の入り口で、患者をストレッチャーに移乗するときも力が必要である。ただし、このときは、麻酔科医と2名の看護師で同時にやるからまだマシだ。実は患者を重く感じるのは、麻酔がかかったときである。

『看護師の正体-医師に怒り、患者に尽くし、同僚と張り合う』(著:松永正訓/中央公論新社)

整形外科の人工骨頭置換術の際、患者を横にして脚を持ち上げてみると、これが異様に重い。人間の脚ってこんなに重いのと、初めてのときに千里は驚いた。産科の手術でも同じである。砕石位(さいせきい)といって、患者の両方の脚を分娩のときのように持ち上げる。2本だから重さ倍増である。

手術台のセットアップも力が必要だし、顕微鏡、C-アーム、CUSA(キューサー)、すべて重い。その中でも最も重労働だったのは、泌尿器科が使う膀胱鏡手術の吸引瓶である。

先生は、膀胱鏡を使って前立腺をバリバリバリと削っていく。同時に生理食塩水を流して術野を洗い、これを吸引していく。水を流さないと何も見えなくなるから、水の灌流(かんりゅう)はとても重要になる。

手術室には10リットルの吸引瓶が2個置かれている。たちまち満タンになるので、ナースは吸引瓶を運んで汚物室へ持って行く。瓶にはタイヤが付いているとは言え、1回の手術で10往復するのはかなりきつい。千里も何度、吸引瓶をガラガラと運んだことか。中腰の姿勢で瓶を引っ張っていくのだから、腰への負担は大きい。