あの子はもういない

著◎イ・ドゥオン
訳◎小西直子
文藝春秋 2300円

人の悪意に晒され、蹂躙された姉妹の物語

いま韓流フェミニズム文学が熱いという。その例がチョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』の大ヒットである。韓国社会における女性差別の現実を綴った小説は、韓国で大ベストセラーとなり、日本語版もすぐに重版となった。それに続け、とばかりに日本上陸したのがこの韓流スリラーだ。理不尽な暴力、人の悪意に晒され、蹂躙され、人生が狂ってしまった姉妹の物語である。

それは主人公〈私〉(ユン・ソンイ)が刑務官の採用面接時に倒れ、病院に担ぎ込まれるところからはじまる。目覚めるとベッド脇に女性刑事がいて、絶縁状態だった妹のチャンイが失踪、殺人事件の重要参考人になっていることを告げられる。

〈私〉は10年ぶりに実家を訪ねるが、そこには誰もいなかった。そして家族崩壊の理由が語られる。俳優だった両親による姉妹差別とネグレクト。有名子役タレントの妹の栄光と転落、母の事故死など。〈私〉が妹のクローゼットをみると、高校生が着るには小さすぎる服ばかり。そして部屋中、14台もの監視用カメラがあり、ユニットバスにまで設置されているのを発見してしまうのだ。いったいチャンイの身になにが起こったのか。

その謎を追うなか、少しずつ浮上してくる真相の断片がおぞましい。AV撮影、小児性愛者と思われる者のつぶやき、妹を監視し続ける謎の集団、欲望と狂気にかられた人々など。読み手の負の想像力を刺激しながら、人間の持つ負の感情の恐ろしさをあぶりだしていく。

物語の根底に弱者いじめ、女性蔑視、性犯罪への怒りがある。ジャンルの違いはあるが、女性作家による本書は、韓流フェミニズム文学の流れを汲むものとみていい。