振付指導中の熊川さん(撮影◎Yoshitomo Okuda)

歌舞伎役者さんが、今の人に楽しんでもらえるよう宙乗りなどの演出をして、すばらしい舞台を作っていますよね。でも僕は、100年前にはなかった文明の利器を使うことはしない。たとえばプロジェクションマッピングを用いれば、海の中を表現することは簡単です。

でも、最新技術を使わなくても、海底の人魚姫がすーっと上を見て手をあげれば、指先は今にも海面に届きそうに見える。そこに当たる照明はキラキラと海面にそそぐ月明かりです。想像力を働かせて見えないものを見る。芸術ってそういうものですよね。

『白鳥の湖』も『くるみ割り人形』も、初演は19世紀の終わり頃。どちらも150年近く踊られ続けてきました。Kバレエでも、『白鳥の湖』は21年前から同じセットでやっています。だからたぶん100年後、僕はもちろんいないけれども、Kバレエという組織さえあれば、『白鳥の湖』は同じように踊られていることでしょう。

ダンサーとしての熊川哲也は、別に主役を張りたいと思っているわけではありません(笑)。だから、これから踊るとしたら、僕のイメージと存在感を損なうことなく、ファンをがっかりさせない役ですね。

そこでほんのちょっと舞台に登場するのだけれど、一番おいしいところをかっさらっていく、そういう腕前が僕にはあるので(笑)、これからも特にダンサー引退と宣言することはないと思います。