「彼らと同じような状況に追い込まれたら、僕も彼らのようになるだろう」

世の中がどんどん不健全になっている

ここ数年、ドラマや映画など映像の仕事が続いていますが、2月に約4年ぶりの舞台に立つことになりました。シェイクスピアの全作品を講談「天保水滸伝」の世界に落とし込んで描かれた、井上ひさしさんの名作『天保十二年のシェイクスピア』です。闇鍋のような、猥雑な面白さのある作品で、これまでも何度か舞台化されてきました。僕は『リチャード三世』のリチャードなどをイメージした「佐渡の三世次」を演じます。

リチャード三世というと“醜悪な肉体に生まれついた残忍な怪物”のイメージがあって、単純に「ひどいやつだ」と言う人もいるけれど、僕はリチャード三世にも三世次にも自分との“近さ”しか感じない。彼らと同じような状況に追い込まれたら、僕も彼らのようになるだろうと思うからです。けれど、「自分は違う、そうはならない」と考えている人が多い気がするんです。

今の世の中の集団心理というか、「みんなが悪いと言っているから悪いんだ」と、自動的に鵜呑みにしている感じが気持ち悪くて。人間を善悪で分けたり、ちょっとでも問題発言があるとみんなして叩いたりする。人間の生活は便利に、よくなっているはずなのに、世の中はどんどん不健全になっている気がします。

たとえば罪を犯した人がいて、ただ、そこに避けようのない状況があったとしたら? もし同じ状況に陥ったら、それでも自分は絶対に罪を犯さないと、自信をもって言えるでしょうか。僕は言えないです。

人間の個性なんて、あるようで実はなくて、誰しも同じようなことを考えている。性格だって、対峙する人間によっていくらでも変わっていくような曖昧なものだと思います。

三世次のような人間を「ひどいやつだ」と決めつけるのではなく、自分にあてはめて想像する人が増えたらいいなと思う。僕はそのために芝居にすべての力を注いでいきますし、ずっと杭を打ち続けていくしかないと思っています。

「人間の個性なんて、あるようで実はなくて、誰しも同じようなことを考えている」