「鬼」へと変わっていく父親
父親というのは、息子が生まれるとよく「早く一緒にキャッチボールがしたい」と言って喜ぶではないか。
ウキウキ楽しみだったというのに、ちょっと大きくなってくると、
「あんなボール打たれへんて、どないなっとんねん!!」
「腰落として取らんくぁこるぁーーー!!!」
大阪で生まれ育った父の熱い指導には、大阪弁が炸裂する。
初めてのキャッチボールのウキウキはどこへ行ってしまうのか、鬼。
グラウンドの息子たちを熱く見守っていて静かに形相が変わっていくお父さんたちを見ていると、うちの夫も間違いなく同じ鬼。鬼がいっぱい。怖い怖い怖い…。
息子たちは父の機嫌と自分の不甲斐なさの加減をいつも計りながら、今日もせっせとスパイクを磨き、素振りに汗を流す。
「星一徹」はお宅にもいますか?
そうですか、うちだけでなくお宅もですか、そうですか…。
そんな夫も、むかし試合のあとの長い帰り道、信号が赤になるたび運転席の父親から叱り飛ばされていたことをよく話す。
「信号、早く青にならないかといつも心で祈っていた」らしい。
ええ、最近あなたも立派に「信号赤のお父さん」ではないですか。
我が家は信号ではなく食卓で、息子たちが心の中で祈っている。
「お父さん、早く食べ終わってリビングに移ってくれ」と。
あ、そうだ、父の頭上に薬玉。
翔大が小学3年生の秋、突如として「おれ、野球やりたい」と言い出したのには、いったい何があったんだろう。
19歳になった翔大にこれまで訊ねたことはない。