身の周り5メートルの平和
夕暮れの公園で小柄な男の人が近づいてきた。知的障害を持つと思われる笑顔の彼と翔子は楽しそう。暗い大きな公園に私たち3人だけ。
常識の埒外(らちがい)で生きている二人は、まだ一緒にいたいようだけれど、私は翔子の手を引いて後ろ髪を引かれつつ「さよなら」と別れた。
公園の出口で彼が大声で「金澤翔子さん書道、頑張ってね!」とはっきりと言った。うわー、翔子のこと知ってたんだ。束の間であったけれど、二人はとても平和であった。
平和とは何だろう。遠い地の戦いに一心に平和を叫んでも、悲劇は止まらない。政治など分からない翔子の平和は身の周り5メートル位の中にある。その中にいる人が、また5メートルの平和を願い、その平和を演繹(えんえき)していけば、それが平和な世界の訪れでしょう。平和は遠くにあるのではない。
※本稿は、『いまを愛して生きてゆく ダウン症の書家、心を照らす魂の筆跡』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
『いまを愛して生きてゆく ダウン症の書家、心を照らす魂の筆跡』(書:金澤翔子 文:金澤泰子/PHP研究所)
ダウン症の書家・金澤翔子さんの「魂の書」とともに、翔子さんとの日々を母の泰子さんが言葉に綴った一冊。
渾身の書と、それを見守る母の思いは、闇の中にいても光が見えてきて心を照らすような内容。