加齢の美徳
私はといえば、ここ最近どこへ行っても向けられる“シニョーラ”という言葉のニュアンスが、今までと違うことに気がついた。相手の態度にも言葉遣いにもへりくだった丁寧さがあるように思えたのだ。
気のせいかと思ったが、夫にその話をすると、「それは、君に年配女性としての貫禄が出てきたからじゃないの」とのことだった。彼の言う貫禄とは、自らの加齢をそのまま受け入れて堂々としている、という意味らしい。
イタリアにおいて、ある程度年齢を重ねた人に対し、敬意を込めた向き合い方をするのは一般的な礼儀である。女性に対しては特にそうだ。夫の100歳近い祖母2人も、最後はほとんど寝たきりだったのに、来客から名前の呼び捨てではなく「シニョーラ」と声をかけられると、嬉しそうにしていたものだった。
ミラノやパドヴァの街角を颯爽と歩く高齢の女性たちが勇敢で美しく粋なのは、彼女たちが周りからリスペクトを込めて“シニョーラ”と呼ばれることで、あるがままの自分を堂々と受け入れられるからなのだろう。
『歩きながら考える』(著:ヤマザキマリ/中公新書ラクレ)
パンデミック下、日本に長期滞在することになった「旅する漫画家」ヤマザキマリ。思いがけなく移動の自由を奪われた日々の中で思索を重ね、様々な気づきや発見があった。「日本らしさ」とは何か? 倫理の異なる集団同士の争いを回避するためには? そして私たちは、この先行き不透明な世界をどう生きていけば良いのか? 自分の頭で考えるための知恵とユーモアがつまった1冊。たちどまったままではいられない。新たな歩みを始めよう!