アイスが入っていないから
いや、違うな。こと恋愛ジェットコースターに関しては、そんな高尚な話ではない。ダイエット中、無性に甘いものが食べたくなるような、ある種の飢餓感に襲われているだけだろう。実行に移さないのは責任感が強いからではなく、単に女友達の家の冷凍庫にも、私の家の冷凍庫にも、アイスクリームが入っていないからだ。アイスクリームが入る場所を作らないように生きてきたがゆえでもある。気が変わったからとコンビニに買いに行くのも面倒だ。暖房が利いた冬のぬくぬくした部屋で「アイス食べたいなー」とボヤくのみ。
アイスを買いに、果敢に行動する者もいる。某既婚者専用マッチングアプリの登録者は30万人を超えているし、パートナー以外との恋愛について屈託なく語る人は男女問わずいる。最近は女性から聞くことのほうが多い。
「自分がやられて嫌なことはしない」が、学校で習った倫理や道徳だ。しかし、パートナーも適当に遊んでいることを把握しているカップルもいる。自分の血肉を作る栄養素はパートナーで、アイスクリームはあくまで嗜好品。そういう合意が秘密裡に存在する。
私と女友達だって、冷凍庫にアイスクリームが入っていたらわからない。「食べちゃうかもねえ」と言いながら、二人ともジャージのままソファに寝転んでいる。アイスクリームの自然発生を願う気持ちと、そんな珍事は起こらないでくれと祈る気持ちがせめぎ合う。
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きのうまでの「普通」を急にアップデートするのは難しいし、ポンコツなわれわれはどうしたって失敗もする。変わらぬ偏見にゲンナリすることも、無力感にさいなまれる夜もあるけれど、「まあ、いいか」と思える強さも身についた。明日の私に勇気をくれる、ごほうびエッセイ。