はづき でも、家の中で爆発してなかったら、お母さん、きっとどこか具合悪くなってたでしょう。

メイコ うん、絶対になってた。

カンナ はづきは、家庭で「もうやってられない」と思うことはない?

はづき 頭をよぎるのが、さっきも出たお母さんのプチ家出。“小メイコ”としては、お母さんみたいにはならないぞと思うけど、キレて家出したい気持ちもわかる。でも、だんだん面倒くさくなってきて、結局、「う~ん、悔しい」で終わってる。

カンナ お母さんのおかげ?

はづき それがよかったのかどうかは、わからない。もっと爆発させてもよかったのかも。

メイコ そうよ! 派手にやらなきゃあ。

はづき でも、これはお母さんの影響かもしれないけど、あまり人に愚痴ったりはしなかった。私の同世代のママ友たちは、夫が定年退職したり、親の介護をする歳になったりしているでしょ。「毎日、夫のごはんを作るのがイヤ」「姑の面倒をみてるのに、夫のきょうだいは何もしない」とか、文句の内容が決まっている。だけど、愚痴る人はそのことに依存しているんじゃないかなって最近は思う。

メイコ どういう意味?

はづき 夫のごはんを作るのがイヤなら、作らないで出かけてもいいわけでしょ。夫だって、お腹がすけば、戸棚を開けてカップ麺でも見つけるだろうし。何もなければ外に食べに行くだろうし。

カンナ そりゃそうだ。

はづき 依存というのは変な言い方かもしれないけど、自分のやることが決まっていると、結局、ラクなの。イヤだと思いつつ夫のごはんを作る。でも、いざ免除されると、どうしたらいいかわからなくなるんじゃないかな。自分が何をしたいのかを真剣に考えるって、それはそれでけっこう大変なことだもの。

カンナ はづきと違って私はひとりものだから、誰かにごはんを作らなくてもいい。自由ではあるけれど、本当の自由って、規則があってはじめて感じるものなのね。だから私は、自分で規則を作ることにしている。「何時以降はお風呂に入らない」とか、「夜寝る前にはこれをする」とか。

自分なりの枠を作ったうえで自由を満喫する。「家族や家に縛られている」と不満を抱く人もいるけれど、一方で、規則があることを羨ましいと感じている人間もいるのよ。

〈後編につづく