【物語への誘い】
「Alice’s Adventures in Wonderland」(2008)
児童文学の世界に遊んで

ホスピタルアートへの思いは、私自身ががんを経験したことでいっそう深まりました。初めて天井画を描かせていただいた病院で、夫と一緒に人間ドックを受けたところ、思いがけず大腸がんが見つかったのです。

手術や抗がん剤治療で気力、体力を奪われ、病室の照明など強い人工の光には耐えられない……。そういう状態のとき、どんなものなら見られるか、見たいと思えるか、身をもって体験することになりました。

それはフワフワの雲でも、クマのキャラクターでもない。モーツァルトの音楽のような絵。雨音のような、優しくて温かい時間が流れている空間とでもいったらいいでしょうか。

生きていれば、さまざまなことに見舞われます。慌てふためくようなときには、自分が今、何をいちばん大切に思っているかを自身に問いかける。そうすれば、判断を誤らないと思うのです。

私の場合、「もしがんが転移していたら余命1年半」と言われましたが、そのときまず思ったのは、「鉄道博物館のステンドグラスだけは仕上げたい」ということ。それは企画段階から任された仕事でした。

小川洋子さん、池澤夏樹さんら10人の作家に書いていただいた鉄道にまつわるエッセイから、私が10枚の絵を描き、谷川俊太郎さんの詩「過ぎゆくもの‐SL挽歌」がそれらをつなぐというプロジェクト。途中で投げ出すわけにはいきません。

そう思ったとき、ああ、これが私なのだと気がつきました。幸い転移はなく、15年以上経つ今も元気に生きています。