腐食した銅版にインクをのせ、プレス機にかけて――。刷り上がった紙を取り出す瞬間が一番心躍ると語る山本容子さんは、今年、画業50年を迎える(構成:菊池亜希子 撮影:荒木大甫)
心を癒やす絵は薬になる
絶対安静だった父は、毎日何を見ていたのだろう。父が寝ていた病院のベッドに横になり、天井を見上げると、視界に入ったのはシミだらけの風景でした。こんな景色を見て逝ったのかと思ったら、涙が止まりませんでした。
入院中、病室にお花や絵を飾ったけれど、動けない父には何も見えていなかった。なんと独りよがりなことをしていたんだろうと思いました。自分がよいと思うものを飾るだけでは、人を癒やすアートにはならない。病院という空間にふさわしいアートを考え始めたのは、それからです。
当時は「ホスピタルアート」という言葉も知らぬまま、お医者さまと話をする機会があると、「病院の天井、どうにかしませんか」と訴えるようになりました。実を結んだのは10年以上後のことですが、その間、自身でホスピタルアートを学びスウェーデンへ取材にも行きました。
そして2005年、愛知県の中部ろうさい病院とのご縁を得て、初めて病室に天井画を描くことができたのです。以来、全国各地の病院やさまざまな施設の天井画や壁画、ステンドグラスを制作しています。