上質な素材と洗練されたベーシックなデザインで、長年にわたり多くの女性の支持を得てきたファッションブランド「yoshie inaba」。デザイナーの稲葉賀惠さんは、2024年秋冬コレクションの発表を最後に、同ブランドをクローズしました。前編では、文化学院での青春時代や、菊池武夫さんとの結婚や服作りについて語っていただきました。デザイナー人生に区切りをつけた現在の思い、そしてこれからの生活は――(構成:丸山あかね 撮影:荒木大甫)
デザイナーに転身、ブランド設立へ
やがて菊池が既製服に目をつけ、31歳の時、私たちは仲間とともに「ビギ」という会社を設立。ヒッピーブームに乗って商品を展開すると、たちまち人気に火がつきました。
でも、私は本来、きらびやかでモードな服ではなく、「普通」の服が好き。ある時からベーシックな服をつくりたい、と思うようになっていました。そこで33歳でデザイナーへ転身し、ビギでレディースブランド「MOGA」を立ち上げたのです。
私は当時、仕事と子育てで大忙し。息子の幼稚園への送り迎えは、もっぱら動きやすいシャツとデニムでした。するとほかの保護者から校風にそぐわないとクレームがあったようで、先生に呼び出されたのです。
悔しかったけれど、私はその時、日本には働く女性が着られる素敵な服がないことに気づきました。
社会進出する女性は当時まだ少なかったものの、これから必ず増えていくはず。世の働く女性たちのためにも自分のためにも、きちんとした服をつくらなければ、と痛感しました。そこで私は、何気ないように見えて、着るとカッコいい、それでいて女性らしさのあるスーツづくりに力を注いだのです。