何事にも動じない鋼の心臓を育てる
私のやっている2年生、3年生のゼミ活動は、ある意味で吉本興業が運営している芸人養成所「NSC」の授業内容と、かぶっている部分が多い。
なぜ、そんなことを始めたのか。そのきっかけは就職活動だった。
ゼミの黎明期、とても優秀な女子学生がいた。成績は学内でもトップクラスで、努力家で、性格も温厚で、誰からも好かれるタイプだった。
ところが、彼女が就活を始めると、まったく内定が取れなかった。言い方は悪いが、チャラチャラと遊んできた同級生が一流企業の内定を次々と取ってくるなかで、彼女だけが就活につまずいていたのだ。
私は、ゼミのあとに少しだけ彼女に残ってもらって、面談をすることにした。原因は、すぐにわかった。彼女は緊張すると、うつむいて、こちらの目を見ずに、ぼそぼそと小さな声で話すことしかできなかった。つまり、自分の本来の姿をアピールすることが、まったくできていなかったのだ。
いくら努力して能力を身につけても、それを伝えることができなければ何の意味もない。そこで私は、どんな場面でも絶対に頭が真っ白にならない“鋼の心”を育てることを優先することにしたのである。
ゼミ生が最も恐れているのが、2年生の春学期の終盤に行なう「ものボケ」だ。ものボケの日は、私が用意した30種類ほどのグッズを教壇に並べる。そしてゼミ生はグッズをひとつ選んで、自分なりのものボケを披露していく。それを時間いっぱい繰り返すのだ。
ゼミ生は20人余りだから、だいたい15周くらいする。最初の5~6周は、自分なりの持ちネタで何とかやり過ごすことができるのだが、その後は必ずネタ切れになる。だが、そこからが勝負だ。
プレッシャーに耐えて、ムリやりひねり出したネタは、たいていスベる。ただ、スベって、スベって、スベりまくると、何事にも動じない鋼の心臓が培われていくのだ。
ちなみに、スベったときの最悪の対応は、恥ずかしさに耐え切れずに「キャー」と言ってグッズを放り投げ、逃げ帰ることだ。そのときだけ私は、「スベったときほど堂々としなさい」とアドバイスをする。
やっている本人が恥ずかしそうにすると、その恥ずかしさが観客に伝染してしまう。
そうではなく、お笑い芸人の狩野英孝さんがよくやるように、堂々とその場に立ち止まり、右手を高く上げて、「サンキュー、サンキュー」と言いながら、ていねいにグッズを教壇に戻し、ゆったりと引き上げる。そうすると観客は、あたかも「ものボケ」が成功したかのような感覚に陥るのだ。