長時間かかると覚悟
店内が一部消灯し、これは長時間掛かるだろうと予想しました。運よく、その日は誰とも約束はなく、じっくり対応できると思いました。閉店してお客様の姿が完全に引くと、店内の照明をそれ以上落とさぬよう管理室に連絡し、応接室に移動することにしました。
移動の際のわずかな時間に、男は歩きながら「俺の携帯の番号を、女房に教えた奴がいる」と言った。これが苦情か、とピンときました。個人情報なので対応が面倒です。ただ相手が奥さんならば、奥さんを味方にすることで収まると踏みました。
応接室では、宝飾担当の課長がお茶の用意をして待っていました。男が席に着き、私が対面に座ろうとすると、「座るな、立って対応しろ」と言います。
威嚇のつもりなのでしょう。男に断って席を外し、課長と話すと「見たことがない方だが、どうも外商に担当者がいるようです」とのこと。外商とは、企業か個人に担当者が付き、年中訪問して注文を取る組織です。この男は俗に言う「ビップ」でお得意様の層だと判明しました。
数分して戻ると、男はいく分落ち着いてきているようで、初めて座る許可が出ました。相手の本性が分からないときは、言いなりになっているほうが良いものです。座って向き合い、この輩は若いと感じました。何か、困った状況に陥っており、その原因が電話番号の洩れにあると想像できました。
当時私は53歳でしたが、相手は40代手前と読みました。初対面時は、その判断が出来ないほど恐怖が先に立っていたのです。想像の付かない出来事と、相手の「ボロを出す」という言葉、そして体操選手のような筋肉、そして、なぜ怒っているのか話さないことなどが、今までにない経験だったため、こちらも警戒を強めていましたが、落ち着けば片は付くものです。
男はお茶を口にして、初めて出来事を語り出しました。