2台目の携帯電話
「俺の女房はブラックカードを使うが、俺は持たされていない」
と言って言葉を切ります。その瞬間に私は、こいつは「逆玉」なのだろうと判断しました。そして、携帯電話を2台以上持ち使い分けているのだろう。婿だから女房には弱く、何も言えず従っているだけだろう。
そう読むと、何となくかわいそうな気もしてきました。さらに会話を続けると、事情が見えて来ました。
「今日は買い物でなく、俺の携帯番号を女房に知らせた奴がいる、そいつに会いに来た」
顔を見ると、優しい目つきになってきています。自分の情報を晒したことで、威勢を作る必要が失せたのでしょう。ここからは、こちらが先導し事を収める仕事になります。
「時計売り場に谷口と言う男がいる、そいつが女房の問いかけに、俺の電話番号を知らせた」
つまり、奥さんに知られてはまずい携帯電話の番号を、店員が開示したことで困っている、ということなのでしょう。
それは大変だろうと、にやける私。そして、管理が甘いと思いました。今までの態度は、私への威嚇ではなく、自分を奮い立たせるための威勢だったのでしょう。男はようやく「その谷口を呼べ」と口にしました。私は課長に、該当社員が居たら呼ぶよう指示をしました。
谷口が来るまでの間、私は相手の仕事内容や、その家庭内の立場や住まいを聞いて実生活を把握しました。女房のおやじさんが鳶職で稼ぎ、一代でブラックカードを保持するまでに成功していました。
昭和のバブル期を乗り切った中小企業のトップに立っている人物には多い事例です。男は、それなのに、自分はまだブラックカードを持たせてもらえないと萎んでいました。