アドバイスは禁物

ここから苦情が脇道に逸れ、言いがかりを付けてくるかと思ったのですが、気が抜けたようです。男の置かれた状況について、思い浮かぶ対応策はいくらでもありますが、アドバイスは禁物です。

そのアドバイスの結果あらぬ方向に行ったということになると、さらに面倒になります。求められたら、「そのような境遇にないものですから、自分では判断できません」と、言うことです。

でも、からかうのは自由です。私は今までの恐怖感が消え、若造をいじりたくなり、同時に気の毒にもなりました。いつしか、自分が裕福になり、金が自由に使えることから増長し、自分はクレームを言ってよい人間だ、それが当然だと勘違いするクレーマーになっていたのでしょう。

会話が途切れ、その場の空気がよどんだので、私は男に話を振りました。

「どんな趣味をお持ちですか」

「車かな、今、ランドクルーザーに乗っている」

「大きい車の都内での運転は難しいでしょう」

「慣れたよ、今洗車してもらっている」

「そうですか、当店でですか」

と聞くと、そうだと答えた。絶対にボロは出せないと思って臨んだ結果、気持ちが落ちつきました。それに、この方は、苦情の二の矢は持ち合わせていないようです。

すでに21時50分を回っていました。洗車も終わっているはずです。それを告げると素直に「帰るか」と言い、立ち上がりました。この後の奥さんとの戦いはそう簡単ではないでしょう。

「送りますよ」と相手を先導しました。すでにお客様用エスカレーターとエレベーターは停止になっているので、従業員用のもので移動をし、別館のカーディーラーまでお送りしました。

男は洗車が終わった車に乗り、走り出しました。坂のコーナーを出る前に、急ブレーキがかかる。ドアが開き、男が私の名前を呼びます。おっとりとそこに行くと、「関根さん見てよ、これだよ」と、前ガラスに流れる二筋の水跡を指し「しっかり拭けよな、これが百貨店の仕事だよ」と言われました。やっと元のクレーマーに戻れたのでしょう。

さらに、ついでがありました。