ゆで汁をお椀に取り置く。麺を湯切りしフライパンに投入する。左腕がフライパンを揺すってあおる。アレグロ! アレグロ! 麺が空中に躍りあがる。ゆで汁を少しずつ加える。右手の箸が麺をさばいて、ソースと空気とゆで汁をまんべんなくからませる。カンタービレ! 

去年トリノに行って現地の友人の家に招待されたとき、友人の別れた夫がやってきて、パスタを作ってくれた。アーリオ・オーリオにアンチョビが入っており、カラスミがたっぷりかけてあった。パスタは照り照りでもちもちでアルデンテだった。

別れた夫は調理師学校中退で、台所での動きは素早く、自信にみちていた。でも自分は意思をもって中退したのだという矜持があるかのように適当っぽくもあり、それがまたよかった。そして手順と手際のすべてが、今まであたしがそれなりに作ってきたパスタの作り方から、大きくかけ離れていた。

そもそもあたしはパスタ、とくにスパゲティにはなんの興味もなかったのである。炭水化物で、炭水化物で、炭水化物で、油っぽくて。イタリアンに行っても注文したことがなかった。しかしながらパスタ師匠のカラスミのスパゲティで、すべては変わった。

日本に帰ってから、毎日ひとりで復習した。高いカラスミは無視してペペロンチーノを作ることにした。本物のパルミジャーノを買ってきて削ってかけてみた。イタリアンパセリも必要だったが、遠くのスーパーにしか売ってないから忘れることにした。

それからうちに来た人々をつかまえて「パスタ食べてけ」とやりはじめた。来る人来る人みんな食べていってくれたから、技術はぐんぐん向上した。

応用もやってみた。アンチョビやあさりを入れたり、キノコやキャベツを入れたり、ベーコン入れたり。しかしあるとき、ついに究極の発見に至ったのであった。