孫にしがみつき救いを求める

それから2週間後の日曜日のことだ。母と私は父の傍にいて、野上夫人はご主人の傍に坐っていた。息子たちは、来なくなった。

入口に、背の高い、若い男性が現れた。野上夫人が椅子から立ち上がって叫んだ。「タケル、どうしたの!」。野上さんの孫が、急に登場したのだ。タケルさんは、野上夫人には目もくれず、祖父の野上さんのベッドに向かい、布団の上から肩を抱いた。

「おじいちゃん。会いたかったよ。ごめんね。ごめんね。来られなくって」

すると、野上さんは、布団から腕を震わせながら出し、タケルさんの腕をつかんだ。そして上半身を起こそうとして、腕にしがみついたのである。

野上夫人が再び叫んだ。「お父さんが動いた!」

動いただけではなかった。野上さんは、声をしぼり出したのである。

「ウ、ウォー、ウォー、ウォー!」

私は、野上さんの足の方にいたので、2人の状態を見ることができた。

感動の光景というよりは、すさまじい光景。孫が来て嬉しいというのではなく、「この地獄から救い出してくれ!」という叫びが、その姿からも伝わってきた。

イメージ(写真提供:Photo AC)

タケルさんは、緊張した顔で野上夫人を見た。

「おばあちゃん!おじいちゃんはどうしたの?すぐ治るから帰って来なくていいと、お父さんもお母さんも言っていたよ。先生に会わせてよ!」

タケルさんは、そう言いながら、体をかがめて、野上さんを抱きしめた。

「おじいちゃん、病気に負けないで、元気になってよ。僕はおじいちゃんと、いっぱい、いっぱい、話がしたいよ。卒業したら、2人で旅行をすると約束したよね」

野上夫人は、立ち尽くしたまま、すすり泣いていた。

それから10日後、野上さんはこの世から旅立った。

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