「常に軟禁されている感覚」
24時間カメラを向けられる生活に夫婦は追い込まれていく。バルコニーで趣味の家庭菜園もできなくなった妻は次第に不眠などの症状が表れ、精神科クリニックに通院。警察に相談すると、家全体を映していた1台は撤去されたが、監視はなお続いた。夫婦はプライバシー侵害だとして自宅に向けられたカメラの撤去などを求めて提訴した。
「大げさでなく常に軟禁されている感覚」。夫は法廷で日々の暮らしをそう表現し「何とか私たちを犯人に仕立て上げようとする悪意と執念に満ちている」と批判した。妻は「この先もずっと続くのかと思うと恐怖で息苦しくなる」と吐露した。
判例は「人はみだりに容貌を撮影されない法律上保護された人格的利益がある」とする。撮影が違法になるかどうかは目的や範囲、必要性などを踏まえ、利益の侵害が社会生活上受忍できる限度を超えるか否かが分かれ目となる。今回のようなカメラの設置も、目的などに正当性が認められれば合法とされる場合がある。
女性側は訴訟で、生命や財産を守る上でやむを得ず、設置は違法ではないと反論した。この地区では数年前から路上に液体や生魚が散らばる異変が目立っていた。女性の家も20年9月ごろから、油のようなものをまかれる被害に遭っていた。
設置の目的は、異物をまく犯人を特定するための証拠収集だった。実際、被害が発生した時間帯の映像には毎回のように夫婦の家の2階バルコニーで身をかがめる妻の姿が映っていた。女性は夫婦の妻がそのとき遠隔で異物をまいていた可能性があるとして、夫婦を疑って撮影を続ける根拠があると主張した。
夫婦のしわざと考えていたのは実は女性だけではない。女性側が証拠として提出したのは近所の住人の陳述書だ。この住人は、被害が起きたのは決まって自分の子どもが騒いだ翌日だったと説明した。過去に騒音について苦情を言ってきたことがある夫婦を「最も疑っていた」と明かした。