まるで「かまってちゃん」
午後5時が近づくと、ホームの人が夕食の誘いにくる。私はそれを合図に帰宅することにしているが、父はベッドに腰掛けてテレビの大相撲中継やニュースを見ていて、なかなか動こうとしない。
「呼ばれたから、食堂に行こうよ。私も一緒に1階に下りるから」
日によって違うのだが、父は直前のことを忘れてしまうことがあって、私に聞く。
「呼びに来たか?」
「うん、さっき来てくれたよ」
「じゃあ、行くか」
と父は腰を上げた。
「呼ばれなくても、時間が来たら自主的にちゃんと食堂に行っている人もたくさんいるんだから、パパもそうしたら?」
「いやだ。呼ばれなければ行かない」
まるで「かまってちゃん」だ。父は常に誰かに気にかけてもらっていると確認したいのだろう。幼い子どものような承認欲求がかわいらしく見えた。
マスクをして廊下に出た父の横に並び、私は左手で父の右手に触れた。父が自然に私の手を軽く握り返す。エレベータ―のボタンを押すタイミングで、繋いだ手を離して私は言った。
「もしかしたら、パパと手を繋いで歩いたのは、初めてかもしれない」
自分で言っておいて、私は妙に照れくさかった。