きれいな母が自慢
芝居や映画が好きだった母は、夜、嵩をつれて出かけることがあった。スクリーンの男優を見て「いいわねえ」とうっとりしている母を見ると、胸がドキンとした。
冬の寒い日には、帰り道で自分のショールをはずして嵩の首に巻いてくれた。甘い香りに包まれて、にぎやかな夜の市街地を母と帰るのは、夢のような気分だった。
母のまわりにはいつも何人かの男性がいて、そのことで周囲の人たちは母の悪口を言った。幼い嵩の耳にもいろいろなうわさ話が入ってくる。だが嵩は、自分を養うために母が手に職をつけようとしていることを知っていたし、よそのお母さんよりきれいな母を自慢に思っていた。
家にいない母にかわって面倒を見てくれたのは、祖母の鐵である。母と同じく気性の激しい人だったが、嵩には甘く、毎晩、嵩を抱いて寝た。そして口癖のように「この世の中で信用できるのはおまえと神様だけだ」と言うのだった。