『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(著:梯久美子/文春文庫)

 

現在放送中の朝ドラ『あんぱん』。<アンパンマン>を生み出した、やなせたかしさんと妻の暢さんをモデルとした物語です。早くに父を亡くし、再婚した実母と別れて暮らしたやなせさんは、生涯にわたり実母への思慕があったといいます。ドラマでも、嵩の母親を求める複雑な心情が描かれました。やなせさんのもとで働いた経験がある作家の梯久美子さんは、「母という存在は作家としてのやなせさんにとって生涯にわたって大きなものでした」と語ります。梯さんはかつてジュニア向けにやなせさんの評伝を執筆。教科書にも掲載されましたが、子どもたちだけではなく親世代からも大きな反響があったといいます。そこで、「やなせさんの人生について、多くの母親に知ってほしい」と梯さんは今春、大人向けにやなせさんの評伝『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』をまとめました。やなせさんの人生哲学の一端を知ることができる、家族にまつわるエピソードを同作から一部引用、再編集してお届けします。

祖母と母と3人での生活

父を失ったことで、兄弟の運命は大きく変わった。

弟の千尋は、父の兄である寛の家に引き取られることになった。高知県内の後免町(現在の南国市後免町)で内科と小児科の開業医をしていた寛と妻のキミには子どもがなく、清の生前から、千尋が養子になることが決まっていた。

嵩は、母の登喜子、祖母の鐵と高知市内で暮らすことになった。鐵は夫の保定に先立たれたあと、残された家族と折り合いが悪く、谷内家を出ていた。

3人は、高知城の追手門から東に延びる追手筋という通りの近くで、知り合いの医師宅の離れを借りて住んだ。朝はお城の天守閣の近くに揚がる天気予報の旗(白が晴れ、黒が雨)が見え、昼には正午を告げるドンという大砲の音が聞こえた。