稚児物語
でも性の衝動を抑えきることはなかなか難しい。
このとき僧侶たちが選択した方法のひとつが、同性愛でした。特に剃髪する以前のお稚児さんたちが、その対象になったのです。
たとえば南北朝時代に成立した『秋の夜の長物語 (あきのよのながものがたり)』では比叡山の僧・桂海が三井寺の稚児である梅若と恋仲になります。それが原因になって延暦寺と三井寺の争乱となり、梅若の父である左大臣の屋敷が焼失します。
傷心の梅若は入水し,桂海は仏道修行に励んで、人々に敬愛される瞻西(せんさい)上人になります。実は梅若は桂海を導く観音の化身であり、僧侶と児の恋の悲劇は、愛欲が苦悩を経て悟りに至るという、宗教的なテーマになったのでした。
室町時代にはこうした「稚児(ちご)物語」が多く作られていますが、ここでの稚児は、はかなげで美しいもの、守られるべき存在です。
『義経記』(室町時代に愛読された)に描かれた牛若丸と弁慶の主従の絆などにも、この関係は影響しているようにぼくは思います。