「このボールペンのインクを」とポケットから取り出し、ふたつの瞳の方へ差し出すと、瞳と一緒に柔軟剤の香りが近づいてきて、
「失礼」
そう言うなり、インクの出なくなったボールペンをこちらの手からすっと抜き取った。その手つきの確かさが、自分と同じくらいの年齢と思われるそのひとの経歴を物語っていて、もしかして、彼女がこの店を取り仕切っているのかもしれないと勘が働いた。
「これは──」
ボールペンを点検しながら、ときおりこちらへ視線を遊ばせ、「おかしなことですが」と、その言葉を試すかのように頼りなさそうに言った。
「おかしなことですが、以前にも同じようなことがあったんです」
「同じような?」
「ええ。ちょうどいまみたいに雷が鳴り始めたときで、駆けこむようにいらっしゃったお客さまが、このポールペンを差し出して、替えのインクはありませんかと」
「このボールペンをですか」
「ええ。このスウィフトの速記用は生産量が少なくてめずらしいんです。ですから、よく覚えているんです。それに──」
彼女はボールペンからこちらへ視線を移し、
「そのときのお客さまに、どこか似ていらっしゃるような──」
と少しばかり口ごもった。