無色透明

そうして受けに行ったNHK(正確にはNHK東京放送劇団)だったが、筆記試験は隣りの席の眼鏡の男性に聞いても教えてくれなかったので、25問中、5問しか答えられなかったし、簡単な演技(「あら、しばらく、お元気?」というセリフだった)や、パントマイム(恋人から手紙が来て、喜ぶんだけど、他人の目を気にして、誰もいないところに行って読み始めたら、だんだん、それが別れを告げるものだとわかってくる、という設定)も初経験で、私の前にやった女性を必死にマネしてみたら、試験官たちに大笑いされた。

求人広告には「素人の方でも大丈夫」って書いていたのに、パントマイムや演技の実技試験があるなんて!

『トットあした』(著:黒柳徹子/新潮社)

私は演技の勉強なんてしたことは全然なかったし、私よりきれいな人がたくさん受けにきていた。すでに映画に出た経験もある、プロの俳優さんたちも受けていたくらいだ。それでも、早口言葉だけは、いい点数が取れたと思うけど、歌の試験の後では、どういう意味だか、試験官から「本当に声楽科ですよね?」と確認された。これでは受かるわけがない。試験官の方々とは、もう、これでお別れだろうと思って、面接の最後に「いろいろ、お世話になりました。失礼いたします」と頭を下げて、部屋から去ろうとした。だけど、ドアに手を挟んじゃって、部屋から出るのにもひと騒ぎがあった。

すっかり絶望して、家で寝転んでいたら、合格通知が来た。6000人以上の応募で合格者がわずか16人、という中へ、どういうわけか、私が入っていたのだ。まったく思いもよらない合格だったけど、(あら、私、意外と俳優に向いているのかもしれない)と、ちょっといい気持ちになっていたら、NHKに入ってから、養成所の責任者である大岡龍男先生に、こう明かされた。

「あなたが受かったのは、あまりに何もできなかったからですよ。でも、テレビジョンという新しい世界の俳優には、あなたみたいな何も知らない、何もできない、言い換えると、無色透明な人が向いているかもしれない。一人くらい、そんな合格者がいてもいいじゃないか、ということになったんです」

これで初めて、私の合格した理由がわかった。