前頭側頭型認知症の破壊力
「前頭側頭型認知症」は、その名の通り、脳の前頭葉や側頭葉が萎縮するタイプの認知症だ。前頭葉は人間の思考や判断を司る脳の司令塔で、状況を判断し、感情や行動をコントールする役割を担う。前頭葉が萎縮して機能が障害されると、感情がコントロールできず自分勝手で乱暴な行動をとりコミュニケーションが取れなくなる。そして、側頭葉は、言語理解や記憶、聴覚、嗅覚を司っている場所だ。この部分が萎縮すると、言葉の意味が分からなくなり会話が成立しにくくなる。
認知症の中で最も多い「アルツハイマー型認知症」は、記憶を司る海馬と呼ばれる部分が萎縮するので、記憶障害が表面化しやすい。一口に認知症と言っても、実はその原因となる病気によって70種類以上ものタイプに分類される。ただ、多くは、「アルツハイマー型認知症」、脳血管障害が原因で起こる「脳血管性認知症」、頭頂葉や後頭葉、脳幹の神経細胞に「レビー小体」と呼ばれる異常なたんぱく質がたまる「レビー小体型認知症」、そして、「前頭側頭型認知症」の4つに大別される。
日本人の認知症の各タイプの割合は、厚生労働省の資料によると、アルツハイマー型が約68%、脳血管性が約20%、レビー小体型が約4%、前頭側頭型が約1%となっている。だが、最も数が少ないはずの前頭側頭型認知症は認知症患者の100人に1人とはいっても、私の認知症専門外来でさえ、ほかのタイプの認知症の患者20人を診るのと同じくらい対処が大変で、ものすごい破壊力を持っている。何しろ、前頭葉は、思考、やる気、感情、理性、性格などを司る部位である。この部分が萎縮してしまうと、社会性や人間としての知能の高さ、理性を保つ部分が働かなくなる。人に対して横柄な態度を取ったり暴言を吐いたり、おとなしかった人でも人格が変わってしまい暴力をふるったり怒鳴ったりする。
「どこも悪くない」と診療拒否をするのは典型的な症状の一つ。社会性が失われるので、最初に紹介した90代の老婆のように、真夜中だろうが構わず大音量で音楽をかけるのはまだかわいい方で、万引きや無銭飲食、無賃乗車をして刑務所行きになる人もいるくらいだ。