マリさんが留学先の映画館で観た黒澤明監督の『天国と地獄』から、強く印象に残っていたという俳優の山崎努さん。偶然の出会いから、マリさんのラジオ番組に出演することに。その収録中、眉間の皺についての話になったそうで――。
山崎努と眉間の皺
フィレンツェに留学していた頃、中央駅の近くにあった小さな映画館に入り浸っていた。狭くて汚い建物だったが、イタリアのネオレアリズモやフランスのヌーヴェルヴァーグの代表作はほぼここで観ているし、戦前戦後の古い日本映画の多くもこの映画館で知った。黒澤明の『天国と地獄』もそのうちの一つだ。
子供の誘拐を描いたサスペンス小説が原作のこの作品の主要人物を演じるのは三船敏郎、仲代達矢、そして新人時代の山崎努の3人である。
数ある見所の中でも、最後の場面でそれまでセリフのなかった山崎努演じる誘拐犯が、眉間に深い皺を寄せ、鉄格子を震える手で掴みながら己の不遇にうちひしがれているシーンはしばらく後まで脳裏に焼きついていた。その頃は私も貧しくて、社会に対する強い憤りを抱いていたからかもしれない。
山崎努という俳優の姿を次に観たのは、やはり同じ映画館で催されていた伊丹十三特集の『お葬式』『タンポポ』、そして『マルサの女』だった。『天国と地獄』から20年以上の時を経た山崎さんの面持ちには人間味が溢れ、深い感性と知性を纏った佇まいになっていた。
そして、どのような物語のどんな役であろうと、現れるだけで一瞬にして作品に深い質感を与える役者としての威力に圧倒された。