眉間の皺には

確かに私が描く登場人物には必ず眉間に皺がある。描かないと自分の意にかなった人物像にならない。

眉間の皺には人としての奥行きの塩梅が露呈する。苦悩、悲しみ、葛藤。それだけではない。思索と経験によって紡がれる知性もまた深い眉間の皺となる。

そもそも美しい皺というものは、与えられた命を満遍なく、懸命に生きた人間にしか刻まれないものだ。険しい顔も、寂しい顔も、そして優しい笑顔も、眉間の皺が美しければこそ映える表情であり、山崎努さんのお顔はまさにその象徴だと言っていい。

私が自分の漫画の登場人物の眉間に皺を描くようになったのも、イタリアでの学生時代からスクリーン越しに観続けてきた山崎努という存在の影響があったことを、今になって自覚した。

【関連記事】
ヤマザキマリ「著名人が人としてのお手本を求められ、イメージから外れたときの制裁も容赦ない日本。パパラッチ発祥のイタリアでは、それほどでもなく…」
ヤマザキマリ 《久しぶり》を「ローマ教皇の亡くなるタイミング」と表現することがあるイタリア。夫が親戚を前にそう発言した翌日に、教皇が亡くなって…
ヤマザキマリ「他人に不満を持ち、倫理に背く行動や事象を徹底的に抹殺したがるのはなぜ?人間という生物は、それほど素晴らしくはないのに」

歩きながら考える』(著:ヤマザキマリ/中公新書ラクレ)

パンデミック下、日本に長期滞在することになった「旅する漫画家」ヤマザキマリ。思いがけなく移動の自由を奪われた日々の中で思索を重ね、様々な気づきや発見があった。「日本らしさ」とは何か? 倫理の異なる集団同士の争いを回避するためには? そして私たちは、この先行き不透明な世界をどう生きていけば良いのか? 自分の頭で考えるための知恵とユーモアがつまった1冊。たちどまったままではいられない。新たな歩みを始めよう!