でも結局、家業を継がなかったのはなぜなのか。舞台の神はどうやって彼を誘惑したのだろう。

――それが……これと言えるような、確固たるきっかけがあったわけじゃないんですよ。そういうのがあったらかっこいいんですけど。大学一年の新人公演の時、『もう一つの地球にある水平線のあるピアノ』という第三舞台――鴻上尚史さんの作品の主役をさせていただいたんです。兵庫県立ピッコロシアターの小ホールで、一回だけ。

そのために夏休みに合宿して稽古したんですが、その一回の舞台の時、自分が表現したことにお客さんが笑ってくださった。これは予想もしなかったことで、最後には拍手もいただきました。ただの学生演劇なのに、そんなふうに認めてもらえるのか、という意識はありました。

だからってこのまま続けていこうと思ったわけではなくて、演劇は唯一続いた僕の趣味だったかもしれない。それはなぜかと言うと、僕は一人だとすぐやめてしまうんだけど、演劇はみんなと一緒だったから続けられたと思う。俳優だけじゃなく、照明とか音響とか小道具作るとか、一緒にやることがいろいろあったので。

広告代理店の大阪本社に入ってからもそういう演劇活動は続けていたんですが、入社二年半くらいの時に東京の劇団から客演しないかと声がかかったんです。それまでもいろいろなお誘いをいただいてはいたのですが、この時はすごく押しが強くて(笑)。なぜかその時に、もうちょっと芝居の世界にい続けてみようかな、と思ったんですね。

それで両親に、「会社を辞めようと思う」と言ったら、父が喜んで。「そうか、いよいよ家業を継ぐか」と言うんで、「いや、役者をやろうかと……」って言いました。そうしたら父は、あの、鳩に豆鉄砲!! みたいな顔してましたね。(笑)