少しでも長生きしてほしいからこそ

それよりも大変だったのは、母の終末期医療に関して、弟と私の考え方が違ったこと。母は80代半ばを過ぎていたこともあり、体がどんどん衰えていきました。認知機能も低下し、自分で何かを判断することもできなくなってしまった。

でも、それは人間が老いて死んでいく過程として自然なことじゃないですか。だから私はこれ以上、母の体に負担がかかるような治療はしたくないと思っていました。本人に無理をさせず、流れに任せたほうがいいだろうって。

ところが、弟はそうは思わなかったんですね。きちんと治療を受ければ、以前のように元気で活発な母に戻るはずだと信じて、母を大学病院に入院させました。そして、医師から「片目が見えなくなっているようだ」と言われれば目の手術を受けさせ、食事で十分な栄養が摂れなくなったときは、迷わず胃ろうを選択したんです。

正直な話、私は老いて弱った体にメスを入れるのは忍びなかった。それに、ご飯を食べることが大好きだった母が自分で意思表示できる状態だったら、「胃ろうは絶対にイヤ」と言っただろうとも思います。

もちろん弟の行動も、母のことを思えばこそ。できるだけ前向きに治療に臨んだのだということは、よくわかります。弟は幼い頃から小児ぜんそくで体が弱く、母はそんな弟の体質を改善するため、懸命に尽くしていました。だからこそ、弟は自分を可愛がって育ててくれた母に少しでも長生きしてほしい、という気持ちが特別に強いんです。

ただ、肝心の母本人の意思がわからなかったため、医師の前で私と弟が言い合いになってしまったこともありました。意見が割れた場合は、これまで母を介護してくれていた弟にすべて委ねましたけれど。母の頭がはっきりしているうちに、母の意思をきちんと聞いておけばよかったなあと思います。