病気でないからとナースコールを押さない父

汚れたトランクスを隠したことより、その後着替えたことを褒めたいと考え、一呼吸おいてから声をかけた。

「汚れたのを自分で履き替えていたんだね!」

「褒めるほどのことではない。誰だって汚れたら取り替えるだろう」

うーん。さっきは「汚していない」と言っていたのに話が変わってしまっている。認知症特有の取り繕いで、粗相の後の行動を都合の良いようにすり替えているようにも見える。

父は自力歩行しているため、トイレの介助をしてもらっていない。スタッフの人は父が言わない限り、下痢をしていることに気付きにくいかもしれない。私は老人ホームの介護スタッフに報告に行き、掃除の日以外にもトイレの状態をチェックしてほしいとお願いした。

トランクスの処理はスタッフがすると言ってくれたのだが、すでに私が下洗いをして漂白剤につけた後に洗濯を済ませていた。後で考えたら、ホームにはホームの洗濯や消毒のルールがあって、私がしたのは余計なことだった可能性もある。どうするのが正しいのか聞いておかなければならないと思った。

父の居室に戻り私は言った。

「スタッフの人がね、下痢をしたらナースコールを押してくださいっておっしゃっていたよ」

入居した時から何度か説明しているのだが、父はこれまで一度も押したことがないという。父は戸惑った表情をして私に訊ねる。

「ナースコールの『ナース』は看護師さんのことだ。俺は病気でないから呼べないんじゃないか?」

こういう時はまず、健康であることを称えなければ、父は素直に聞いてくれないとわかっている。私は心の中で、「あーぁ、ちょっと面倒くさい」とつぶやきながらも、優しく父に言った。

「健康なのは素晴らしいと思うよ。でもね、病気じゃなくても、頼みたいことがある時はナースコールを押して構わないんだよ」

「わかった」と返事をしてくれたけれど、たぶん父は今後もナースコールを押さない気がする。