最期の場面について

死んでしまうのに「うれしかった」と言うのも変ですが、それこそ打ちこわしそのものより、彼の大義を果たして死ねたような気がしていて、新之助も思い残すことなく逝けたんじゃないでしょうか。

たとえば最初の足抜けで「うつせみを守りたい」といった思いはありましたが、それでもある意味<逃げ>じゃないですか?

(『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』/(c)NHK)

もともと浪人になって平賀源内先生のところに転がり込んだのも、武家の三男に生まれて、家督争いから逃げたため。足抜けした先でも浅間山の噴火をきっかけに流民となり江戸へ。

ずっと逃げてきた彼が、最後は逃げずに世の中に向きあおうと決意した。

きれいな成長曲線を描いて、というわけではないんですが、少しずつ芯を強くしていく、というのは新之助を演じるうえで意識してきたことでした。