参勤交代のお値段
莫大な費用を使ったことで藩財政の窮乏化をもたらしたと言われてきた参勤交代だが、実際にいくらかかったのか正確にわかる事例は少ない。参勤交代にまつわる経費としては、道中の移動にかかる費用、将軍や老中などへの献上品・贈答品といった交際費、江戸滞在中の大名が暮らす大名屋敷(藩邸)にかかる費用などがあるが、通常イメージされるのは道中の旅費であろう。
まずは参勤交代道中の旅費について、丸山雍成(やすなり)氏がまとめられた各藩の数字を見ていこう。なお、わかりやすくするために銀で表記されている藩も金に換算し、半端な数字は丸めておおよその数字にしている。
九州地方
・薩摩藩
享保5年(1720) 金1万7520両(16億8192万円)
・熊本藩
安永6年(1777) 金2336両(2億2426万円)
天保8年(1837) 金3670両(3億5232万円)
・島原藩
元禄10年(1697) 金1000両(9600万円)
寛政9年(1797) 金2300両(2億2080万円)
・府内藩
天保10年(1839) 金502両(4819万円)
・臼杵藩
文化元年(1804) 金867両(8323万円)
天保11年(1840) 金1121両(1億762万円)
四国地方
・土佐藩
天和3年(1683) 金1267両(1億2163万円)
・宇和島藩
寛文10年(1670) 金720両(6912万円)
中国地方
・長州藩
宝暦4年(1754) 金2828両(2億7149万円)
・徳山藩
天保7年(1836)以降 金1250両(1億2000万円)
・広島藩
江戸時代後期 金2833両(2億7197万円)
・岡山藩
文政11年(1828) 金3573両(3億4301万円)
文政12年(1829) 金3250両(3億1200万円)
・鳥取藩
享保19年(1734) 金5500両(5億2800万円)
文化7年(1810) 金2086両(2億26万円)
文化9年(1812) 金1957両(1億8787万円)
近畿地方
・郡山藩
宝暦4年(1754) 金2000両(1億9200万円)
・柳本藩
年次不詳 金330両(3168万円)
中部地方
・田原藩
元禄12年(1699) 金225両(2160万円)
延享3年(1746) 金362両(3475万円)
・加賀藩
文化5年(1808) 金5541両(5億3194万円)
・村上藩
江戸時代後期 金500両(4800万円)
薩摩藩は江戸から最も離れており、石高も表高72万9000石という大藩であるため、道中経費が約17億円とダントツで多かった。
薩摩藩ほどではないが、他の藩も一度の参勤交代で数百両から数千両もの大金がかかっていた。ただし、この数字だけを取り上げてあれこれ言うことは危険である。確かに金額そのものだけを見れば多額だが、それだけで判断を下すのは早計である。また、年代による差異があることはもちろん、一口に道中経費といっても様々な項目があって藩ごとにバラバラで統一されていない。内訳が不明瞭なもの同士を比較することもまた危険である。