「この先、異なる価値観を持っている人の言動の背景を理解する力がとても大事になってくる。そのために、僕は演劇をやっているのです」

他人の心情を察することができる社会を

私はこれまでずっと、「エンパシー」の重要性について書いてきました。エンパシーとは端的に言うと、他人の心情をくみ取ることです。私は別に、世の中の人すべてに演劇や音楽を好きになってほしいと言っているわけではありません。ストレスを解消する方法は、一人ひとり違います。演劇で救われる人もいればゲームだという人もいるでしょう。

ただし、演劇がないと生きていけない人が世の中にはいるのだということを理解してほしい。自分とは違う価値観の人に思いが馳せられるかどうかが、今、問われていると思います。

「こんなときに芝居だなんて不謹慎」と攻撃するのではなく、観たかった芝居に行けなくてかわいそうだねとか、舞台に立てなくなって気の毒だとか、お互い、他人の心情を察することのできる社会を作っていきたい。それには教育が大切です。

この先、日本にはたくさんの外国の方が暮らすことになるでしょう。また日本人同士でも、価値観の差異は大きくなると思います。そんなとき、異なる価値観を持っている人の言動の背景を理解する力が、とても大事になってくるのではないでしょうか。そのために、僕は演劇をやっているのです。

今回のことで、パフォーミングアーツの世界は大打撃を受けています。立て直すためには、短期的な支援と中・長期的な文化政策が必要でしょう。少なくとも、国の要請に従って自粛をした人たちには、協力したのだから補償をしてあげてほしい。

エンターテインメントの業界は、多くの優秀なフリーランスによって支えられています。そういう人たちが支援からもれてしまうと、業界そのものがクラッシュしかねません。その点も、視野に入れてほしい。今回の痛みが、産業構造や労働政策の枠組みを少しでも考えるきっかけになるのであれば、マイナスを生かせるのかな、とも思います。